神奈川県小田原市
2026.07.22 (Wed)
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小田原の旧東海道沿いに位置する如春園は、カレー屋でもあり、カフェでもあり、お茶屋でもある場所。ジャズが流れる店内では、南インド風カレー、自家製のスイーツとお茶が提供され、時にはライブやワークショップ、展示会も開催されています。如春園に訪れる理由は、人それぞれ。お客さんが自然と集まり、縁がつながっていく。こだわりが詰め込まれているのに、それを決して押し付けない柔らかさのある如春園は、どのようにして生まれたのでしょうか。
小倉さんがお茶づくりを始めたのは、今から15年ほど前。当初は旅行会社に勤めながら、副業としてスタートしたといいます。

「もともと都内に住んでいたのですが、ゆくゆくは郊外へ移住したいと思っていたんです。そんな中、地方で暮らしながら農業をやることにも興味を持ちはじめまして。調べると神奈川県で『茶ポーター』という農業サポート制度があることを知りまして。すでにその制度を利用されている方にコンタクトを取って色々と教えてもらったのがすべての始まりでした。」

店主の小倉友哉さん。家族とともに小田原に移住してきたのが約20年ほど前。
旅行会社の社員としてさまざまなグループツアーを企画し、インド周辺のエリアを中心に添乗員としても行き来していた小倉さん。そんな小倉さんは当初、お茶の師匠となる方の工場で機械を借りながら製茶を行い、徐々に設備を増やしていったといいます。

「旅行でインドの西ベンガル州にあるダージリンを訪ねたとき、現地で飲んだ紅茶が本当においしくて。日本でもこういうお茶がつくれないかなと思ったんです。今では緑茶のほか、和紅茶を中心に、ほうじ茶や釜炒り茶など、新たなお茶づくりにも取り組んでいます。」
現在の店舗に出会ったのは2019年。自分たちが持つ製茶機械を置く場所が必要になり、場所を探していたときと重なります。

現在の店舗を借りるにあたり、事業計画書と一緒に不動産業者へ提出した青写真。
「妻の純子はもともとスイーツづくりをしていて、いつかカフェをやりたいという思いがありました。一方で、私はお茶の工場とワークショップをやりたかった。お互いのやりたいことを書いた青写真が、そのまま今の形になった感じです。」

茶、カレーとともに如春園の看板商品ともいえるスイーツたち。
翌年、2020年はコロナ禍の始まりの年。如春園は3月にオープンしましたが、その翌日には緊急事態宣言が発令されます。
「結果的には、コロナで旅行の仕事が止まり、こちらがメインになっていきました。本当に偶然ですが、タイミングが重なった感じですね。そこで、できる範囲からお店を始めました。」
小倉さんたちが店舗として選んだ建物は、かつて120年続いた豆腐店の跡地。その場所を象徴するように、当時の看板がそのまま残されています。

最寄りの箱根板橋駅側から歩いて旧東海道に出ると目に飛び込んでくる「とうふ」の看板。
「すでに豆腐店が閉店して数年が経っているのに、ときどき『お豆腐を買いに来ました』って来られる方がいるんですよ。それだけ地域に根付いていて、愛されていたお店だったんだと思います。」

純子さんは過去にお菓子づくりを追求すべく、渡仏。現在はカフェの経営とメニューに関するディレクションを行う。
カフェの経営とスイーツづくりを担う純子さんも、この建物には特別な感覚があると話します。
「長く続いてきた場所って、立地だけじゃなくて、何かよい気の流れみたいなものがあるのかなと思うんです。この場所が豆腐店だった当時から知っていますが、この建物に守られている感覚がすごくあって。だから、今でもこうして人が自然と集まってくるように思います。」

現如春園から旧東海道を写した写真。1934年頃に撮影されたもので、かつてこの通りには路面電車が走っていた。
小田原を語る上で欠かせないパワースポットのよう。如春園の軒先に立つと、そんな感覚が込み上げてきます。
では、実際に如春園を訪れる人々はどうかというと、その解釈はさまざま。

カラフルなカレー数種と惣菜が並ぶ南インド式の定食「ミールス」。こだわり抜いたスパイスに、自分たちの畑で採れた作物も取り入れながら、丁寧につくられている。
「小田原ではカレー屋さんだと思われていることも多いですね(笑)。もともと好きだったカレーをメニュー化してみたら、思いのほかお客様から好評で。」

喫茶店の手前には物販スペースがあり、お店で提供しているお茶を購入することも可能。
一方で、スイーツ目当てで訪れる人もいれば、カフェ利用、お茶の購入、ライブや展示をきっかけに足を運ぶ人もいる。
「旅行の添乗員としてしか私を知らない人もいますし、カレー屋さんだと思って来る人もいる。だから、ここの魅力を自分たちが定義するより、足を運んでくれるお客さんが自由に決めてもらえればいいかなって。」
如春園では、お茶摘み体験や製茶ワークショップ、音楽ライブ、作品展示など、さまざまな催しが開かれています。ただ、小倉さん自身には「そんな場をつくろう」「何か仕掛けよう」という感覚はあまりないそう。それを象徴するのが、店内に置かれたピアノです。
「こちらから企画するというより、ご縁で自然と生まれることが多いんです。実は奥にあるピアノも、あの青写真を見た地元の方が寄贈してくださったものなのです。」

1918年創業のFUKUSHIMAピアノのアップライトピアノは、年季が入っていながらとても丁寧に使い込まれている。
さらに、店内で流していたジャズをきっかけに、憧れだった海外ジャズピアニストがこの場所で演奏するという驚きの展開が引き寄せられました。
「僕が一番好きなウラジミール・シャフラノフという、フィンランド在住のジャズピアノ奏者がいまして。もちろん過去に日本公演にも行きましたし、いつかフィンランド公演にも行きたいと思っていたぐらい好きなんです。なんと、その方ともご縁があり、一昨年からここに足を運んでくださるようになり、ここでライブをしてくれたんです。『もうこのお店を辞めてもいい!』と思えるくらい、僕にとって大きな出来事でしたね。」

ウラジミール・シャフラノフのレコードが好きでよく流していたら、ウラジミール・シャフラノフさんの知り合いが小倉さんに声をかけてくれ、店内ライブが実現したのだとか。
如春園は「地方創生」や「コミュニティづくり」を掲げる場所ではありません。それでも結果として人が集まり、ゆるやかなつながりが生まれています。純子さんは、その理由をこう話します。

常連客のイラストレーターが如春園をオマージュして描いたイラスト。「茶摘み」の歌詞とともに海、山に守られながら人々の中心に位置する如春園が描かれている。
「無理にコミュニティをつくろうとしなくても、それぞれがやりたいことを自然にやっていれば、ちゃんとつながっていくんじゃないかなって思うんです。」
肩肘を張らず、何かを定義せず、自分たちのできることを誠実に続けていく。その実直さこそが、如春園という場所の魅力なのかもしれません。
今後について尋ねると、純子さんは静かに「細く、長く続けられればいいですね」と答えていました。

如春園のアイコンともいえるカエルが店内のいたるところに。そこには「カエルが安住できるほどいい茶畑をつくっていたい」という想いが込められている。
小田原の景色に欠かせない場所だった豆腐店を引き継ぎながらも、あくまで自分たちらしい形を追求し、続けていくこと。如春園は今日も、さまざまな場所から引き寄せられるように足を運ぶ人々へ、美味しいお茶とカレーにスイーツ、そして心からの安らぎを提供しています。

如春園
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)https://www.joshunen.jp/