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都市に根差し、牛を育てる。東京唯一の酪農ブランド「東京牛乳」が守り続けるもの

都市に根差し、牛を育てる。東京唯一の酪農ブランド「東京牛乳」が守り続けるもの

東京都西多摩郡

    2026.07.15 (Wed)

    目次

      東京に酪農があることを、どれくらいの人が知っているでしょうか。多摩地域では現在も約30戸の農家が牛を育て、毎朝搾りたての生乳を出荷し続けています。その牛乳を「東京産」としてブランド化したのが「東京牛乳」です。2006年の誕生からちょうど20年。東京都酪農業協同組合の組合長を務める平野正延さんに、東京の酪農の歴史からブランド誕生の舞台裏、そして次世代へ向けた挑戦まで話を聞きました。

      都心から多摩へ。知られざる東京酪農の歴史

      画像提供:協同乳業株式会社

      東京に酪農があることを初めて知る人も多いかもしれません。ですが実はこのまちと牛乳の歴史は、明治の夜明けとともに始まります。

      江戸幕府の崩壊後、諸大名の屋敷跡を活用する形で、1873年にはすでに都心に7つの牧場があったとされています。東京の酪農の歴史は、北海道大学の前身・札幌農学校の開校よりも早いのです。

      「文明開化の飲み物」として珍重された牛乳は、鮮度が命であるため産地と消費地が近接している必要があり、都心での酪農が成り立っていた背景にはそうした事情もあります。

      しかし都市化の波とともに、牧場は少しずつ都心から押し出されていきました。多摩地域に酪農家が集まったのも、積極的に選んだというより、行き着いた結果だと平野さんは言います。

      東京都酪農業協同組合の組合長を務める平野正延さん。

      「みんな都心から追われてきたんですよ。多摩に来たのは、行き着いた先がここだったというだけなんです。」

      偶然とはいえ、多摩地域に根を下ろした酪農家たちは、戦後の近郊農業の発展とともに産業を築いていきました。平野さん自身も、1964年の東京オリンピックでは陸上部員として聖火ランナーの伴走役に選ばれた縁があります。

      多摩の牛乳がオリンピック選手村に届けられていたこととは別の話ですが、平野さんはそれを「不思議な縁」と振り返ります。

      「遅れているなら、面白いはず」酪農に飛び込んだ理由

      画像提供:協同乳業株式会社

      新宿まで車で1時間足らずの距離に、今も牛が暮らしています。平野さんの牧場があるあきる野市は、畑や田んぼが残る一方で住宅開発も進むまち。そんな場所で生まれ育った平野さんの実家は、祖父の代から農業と酪農を営んでいました。

      しかし、子どもの頃は農業を継ぐつもりはなく、中学から長距離走に打ち込み、進学も父の勧めで農業ではなく工業系の高校へ。卒業後は会社員として働きましたが、2年半ほどで家業に転身しました。きっかけは、意外にも“酪農業の遅れ”でした。

      「当時、工業はすでにかなり機械化されていました。でも酪農はまだ手作業が多くて、帳簿もそろばんで。遅れてるな、ということはつまり面白いかもしれないと思って、飛び込んでみたんです。」

      東京農業大学の通信教育を受講しながら、仲間と「多摩ホルスタイン改良同志会」を立ち上げ、牛の品評会(共進会)の開催にも取り組みました。農業委員会の会長を長年務め、2009年からは東京都酪農業協同組合の組合長を担っています。

      平野さんは現在76歳(※取材は2026年6月に実施)。「まだ勉強中です」と微笑みながら謙遜する言葉には、重みがあります。

      「ミルカー」で搾乳する様子(画像提供:協同乳業株式会社)。

      現在の牧場では「ミルカー」という自動的に牛の乳を搾る機械を使用し、牛の遺伝子情報をデータ管理する時代になりました。それでも平野さんが変わらず大切にしてきたことがあります。

      「子どもの頃から牛がかわいくてね。牛を大事にすること、病気にさせないこと、いい成分の牛乳を作ること。そこだけは50年以上、変わっていないですね。」

      子どもたちに飲んでほしい。「東京牛乳」誕生のきっかけ

      「東京牛乳」が生まれたきっかけは、ある搾乳体験の日にさかのぼります。

      組合設立以前から、平野さんたち若い酪農家グループは地域の産業祭やイベントに牛を連れ出し、子どもたちに搾乳体験をしてもらってきました。牛乳が体温と同じ37〜38度で搾り出されることを知らない子は多く、「温かい!」と声を上げて驚きます。その後は決まって「この牛乳を飲んでみたい!」とせがみます。でも当時は、手渡せる牛乳がなかったのだといいます。

      作業着姿の平野さん(画像提供:協同乳業株式会社)。

      多摩の生乳は各地の牛乳と混合されてメーカー製品となり、「自分たちの牛乳」として提供できるものがなかったのです。

      「子どもたちの期待に応えられないのがつらくてね。自分たちの牛乳をなんとか飲んでもらえないだろうか、と2、3年かけて取り組んで、2006年に『東京牛乳』ができました。」

      地域の方々からの寄せ書き。生産者の顔が見える距離感が、「東京牛乳」ならではの信頼を生んでいます。

      今も組合では移動搾乳体験車で保育園や小学校を訪れ、牛を連れて行って子どもたちに酪農の話をしています。搾乳体験を経て牛乳が飲めるようになった子どももいるそうで、壁を埋め尽くす地域の方々からの寄せ書きには、「牛乳が苦手だけど『東京牛乳』だけは飲めます」というお子さんのコメントもあります。

      こだわり抜いた品質基準

      画像提供:協同乳業株式会社

      商品化に向けた議論は徹底したものでした。品質の高い牧場に限定し、成分を厳しく規定しました。こうして乳脂肪3.7パーセント以上・無脂乳固形分8.5パーセント以上という独自の成分規格が設けられました。

      搾乳後は5度まで急冷し、早朝に集乳車で協同乳業の工場へと運ばれます。前日夜と当日朝に搾った牛乳が、その翌日には消費者の手元に届く。それほどの鮮度にこだわった体制が整えられています。

      画像提供:協同乳業株式会社

      ブランド名は迷わず「東京牛乳」にしました。東京産であることをそのままシンプルに名前にしたのです。パッケージも白地にモノクロという潔いデザインで、スーパーの棚でもひときわ目を引きます。

      「シンプルが一番なんです。他のメーカーさんも、このデザインを参考に同じような商品パッケージを作られたくらいですから。」

      2006年4月に試験販売、同年9月に正式発売。インターネット上では「東京の牛乳なんてすぐ売れなくなる」という声もありましたが、お昼のテレビ番組が全国放送で特集し、一気に注目を集めました。

      今では地元の販売店から「ぜひ置かせてほしい」と言われるほど。スーパーや直売所に並ぶ「東京牛乳」を手に取る人の中には、生産者の顔を知ってくれている人もいます。

      完成した「東京牛乳」を手に取った生産者たちの喜ぶ姿は、今も鮮明に記憶に残っているといいます。

      「みんなで飲んだとき、本当に美味しかったなぁ。自分たちの牛乳が自分たちのパックに入っているわけですから。こんなことなかなかないですよ。」

      酪農家たちが守り続ける、東京酪農の未来

      画像提供:協同乳業株式会社

      東京都酪農業協同組合が発足した当初、加盟酪農家は170〜180戸でしたが、現在は30戸。この30年で6分の1以下にまで減っています。関東全体でも年間100戸前後が廃業しており、コロナ禍の前後に特に加速しました。

      「仕事が大変なんです。元旦も休みがない。搾乳ロボットは3,500万〜5,000万円、牛舎を整備すれば1億円近くかかる。牛乳の値段を1円上げるのも大変なのに、飼料費も燃料費も機械代も上がり続けている。採算を取るには50〜60頭以上の規模が必要で、東京では新規参入は現実的に難しい状況です。」

      それでも続ける理由を聞くと、平野さんは一言、「楽しいんですよ」と笑いました。工場が近く、搾った牛乳が翌日には都内の人の手に届く。東京だからこそできることが、ここにはあると言います。

      組合設立から10年ごとに撮影しているというホテルでの記念写真。30周年にあたる2026年も「組合員やその家族でお祝いし、写真撮影をしたい」と話してくれた平野さん。左側には3つ目の額が増えるはずです。

      昔は家族を動物園に連れて行くのも、「仕事を急いで終わらせて、帰ってきたらまた深夜まで」という生活だったと振り返ります。しかし、最近は設備が機械化されてきたことに加え、「酪農ヘルパー」のおかげもあり、労働環境は少しずつ良くなっているそう。「酪農ヘルパー」とは、酪農家が休暇を取る際に代わりに牛の世話をする方のこと。休みのない酪農の仕事を「酪農ヘルパー」が下支えしているのです。

      今年は東京都酪農業協同組合の発足30周年。そして「東京牛乳」の誕生20周年が重なる節目の年です。農家は減り続け、コストは上がり続けていますが、それでも多摩の酪農家たちは今日も牛の世話をし、翌朝の搾乳に備えています。

      東京で、牛を育てる。その営みが続く限り、このまちの酪農の歴史もまた、刻まれていきます。

      画像提供:協同乳業株式会社

      東京都酪農業協同組合

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)
      http://www.tokyorakunou.or.jp/

      東京牛乳

      公式ウェブサイト (外部サイトに移動します)
      https://www.tokyo-gyunyu.jp/