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名古屋の喫茶店に息づく“ものづくり”の精神。変わらない味を支える手間と継承

名古屋の喫茶店に息づく“ものづくり”の精神。変わらない味を支える手間と継承

愛知県名古屋市

    2026.04.30 (Thu)

    目次

      今や名古屋を代表する、喫茶文化。太っ腹なボリュームや店舗のレトロな内観などに注目されがちですが、名古屋の喫茶文化には、“ものづくり”にも通じる精神が息づいています。派手さではなく、工程や品質に向き合い続けること。その積み重ねが、この街の喫茶文化を支えてきたといえます。創業から変わらぬ姿勢を貫く2軒を訪ね、その背景にある価値観をひもといていきます。

      時間とともに価値を深める空間づくり。創業54年のコーヒーハウスかこ

      修道院をイメージしたコーヒーハウスかこ。

      名古屋駅から徒歩約15分、柳橋近くにあるコーヒーハウスかこ。ステンドグラスや土壁に囲まれた店内は、時間の経過とともに味わいを増す素材で造られています。マスターである土屋賞蔵さんがかこを開業したのは1972年のことです。

      「商売をやっていた父の影響で、自分でも商売をやってみようと思ったんです。知人から譲り受けた店で、銀行員から脱サラしオープンしました。」

      「私は岐阜県の多治見出身で、身近にあった修道院が好きだったんです。その影響もあって、ガラスや土、木、年月がたつほど味が出るものが好きなので、多用していますね。」

      ステンドグラスが美しい店内。

      「お気に入りは、ステンドグラス。一日を通して、ゆっくりと太陽の動きとともに店内の雰囲気が変わるんです。それが好きで」と土屋さん。

      朝は爽やかな光が差し込み、夕暮れには赤みがかった柔らかな光、雨の日には厳かな雰囲気。空間作りへのこだわりが、かこで過ごす特別な時間を作り出しているともいえそうです。

      工程を守り続けることで、変わらない味をつくる

      終始手を動かす土屋さん。

      土屋さんが創業当初からこだわっているのは、コーヒー豆の自家焙煎。今でこそ自家焙煎の店舗が多いですが、かこの創業当時はほとんどなかったといいます。

      かこで修行した焙煎士が、毎日焙煎したてのコーヒー豆を提供。「焙煎したての状態で提供することを大切にしている」と土屋さんは言い、焙煎後すぐに飲んでもらうことを大切にしています。さらに、おいしいコーヒーを提供するためにもう一つ大切にしていること。それは、豆のハンドピック(味を損なう欠点豆や異物を手作業で丁寧に取り除く選別作業)です。

      「くず豆が一つ入るだけで味が駄目になる。だから、焙煎前にハンドピックをするんです。」

      それによって洗練されたおいしい味が約束されます。

      器は「お任せで」と伝えると、お客さんの服装や雰囲気に合わせてぴったりの器に入れてくれる。大倉陶園やヘレンド、ウェッジウッドなど、美しい器が並ぶ。

      かこのコーヒーは、コロンビア、グアテマラ、ゴロカブルーマウンテン、ブラジルの4種のブレンドで、ボディの強いフレンチコーヒー。政治などの情勢に左右されずいつも入ってくることを重視しているのも、50年以上変わらぬ味を保つポイントなのかもしれません。

      手作りを重ねることで生まれる一皿「シャンティールージュスペシャル」

      かこに来たら必ず食べたい「シャンティールージュスペシャル」。

      人気のメニューは「シャンティールージュスペシャル」。これを目がけて朝から人が次々と訪れます。4分割されたトーストの上に乗るのは、手作りあんこと生クリーム、そしてその上にさまざまなコンフィチュール。パイナップル×ピンクペッパー、いちご×バナナなど、季節の味覚などを楽しめるぜいたくな一枚。こだわっているのはトーストの上に乗せるコンフィチュールです。

      コンフィチュールは3時間以上じっくりと銅鍋で煮詰めて作り上げる。

      「創業当初から、生のオレンジを絞ったジュースを提供していたのですが、皮を捨てるのがもったいないと思いまして。そこで皮を利用しようと、マーマレードを作り始めたのが始まりなんです。銅鍋は熱の伝わり方が綺麗で、色の綺麗なジャムになるんですよ。」

      あんこも手作り。北海道十勝産の小豆を上白糖や三温糖とともに煮詰め、ドイツの岩塩を入れちょうどいい塩梅に仕上げます。こだわり抜いた「手作りの味」を生クリームの上に乗せることで、美しいトーストが出来上がります。

      果物の皮を無駄にしない工夫から始まり、手間をかけて仕上げられる。難解な技法ではありませんが、手間を惜しまないこだわりの積み重ねが、今や名古屋の食文化の一つとして人気を博しているのです。

      続けることで形づくられる店の価値

      コムデギャルソンの服を毎日着用。凛とした立ち姿の土屋さん。

      「最近は若い人や海外の人が増えました。それでも、創業当初から通ってくれる人も、毎日来てくれる人もいます。」

      50年来の常連さんもご新規さんも訪れ、どちらも温かく受け入れてくれる場所。それは土屋さんのスタンスそのものなのかもしれません。スタッフもお客さまも、土屋さんを「マスター」と慕い、その技や心意気、哲学を大切にしている様子が見てとれます。

      店名は以前の経営者のニックネームに由来。譲る人の覚悟や思いを大切にしたいという土屋さんの気持ちが表れています。素材や空間、味の全てにおいて、“変わらない”ための手間や工夫が積み重ねられています。そうした日々の蓄積が、かこを支えているのでしょう。

      コーヒーハウスかこ 花車本店

      公式Instagram(外部サイトに移動します)https://www.instagram.com/kako_coffee_honten/

      戦後から続く喫茶店の形。1947年創業の老舗喫茶・コンパル

      大須商店街にあるコンパル大須本店。

      コンパルは1947年創業の老舗喫茶。創業者の若田積蔵さんが戦争から帰還後、コーヒーを学び、お店を開いたのだそう。語ってくれたのは、2代目社長の若田秀晴さんです。

      「先代は中国にいたのですが、当時現地で流行っていたお店が金春(コンパル)というお店だったそうです。それにあやかって命名したと聞いています。」

      分業で守る、変わらないコーヒーの品質

      超深煎りコーヒーにフレッシュミルクと砂糖をたっぷり入れて味わう。

      コンパルのコーヒーの味を支えているのは、店、焙煎業者さん、牛乳屋さんの関係です。コーヒー豆は、火がつきそうになるまで焙煎する“超”深煎りコーヒーで、豆を煎ってからブレンドしているのが特徴だそう。先代の頃から信頼している焙煎業者さんが、コンパルの味を出しています。フレッシュミルクは脂質が50パーセント。この濃厚さは牛乳屋さんの技術の賜物だそうです。

      深煎りコーヒーに上質なフレッシュミルクと砂糖を入れると、まろやかで味わい深いコーヒーになります。カフェラテでもブラックでもない、このフレッシュ入りの甘いコーヒーこそがコンパルの味なのです。

      「コンパルのコーヒーは、この上質なフレッシュミルク一杯と砂糖を入れてこそ完成するんですよ。これが一番おいしい」と胸を張る若田さん。

      三者がそれぞれの工程を担いながら品質を保つ構造は、ものづくりにも通じる考え方といえるでしょう。日々の変化を見逃さず、同じ状態を保つ。その姿勢が、この店の揺らがない味を支えています。若田さんはあまり店舗に立たなくなった現在でも毎朝必ずお店に出向き、必ずコーヒーを飲み、少しの異変も見逃さないのだといいます。

      「おいしいコーヒーを飲んでほしい」というコンパルのスタンスは、アイスコーヒーの提供スタイルにも表れます。

      熱々の淹れたてコーヒーを、自分で氷入りのグラスに注いで完成する。

      アイスコーヒーを注文すると、熱々のコーヒーが、氷入りのグラスとともに提供されます。「一番おいしい状態で楽しんでほしいから」という、コーヒーのおいしさを知るからこそ生まれる発想からだそうです。

      「コーヒーも、それに合わせるフレッシュミルクも“ごまかし”が効かないから、ささやかな変化を常に気にしていますね。気になることがあればすぐに焙煎業者さんや牛乳屋さんと会話して修正します。昨今の物価高でも、質を落とさず最高のものを出すことを大切にしています。」

      試行錯誤から定着した、店の看板商品

      コンパル名物サンドイッチ。

      名古屋の喫茶文化は、“モーニングサービス”という文化とともに語られることが多いです。その理由としては、愛知県には製造業従事者が多く三交代勤務が定着していること、お茶文化が根付いていることなどが考えられます。随分昔からモーニング文化が当たり前のように存在しているのです。

      しかし、コンパルには「モーニングセット」というメニューはあるものの、コーヒー一杯で多くの料理が付いてくるという、いわゆる“モーニングサービス”は行っていません。

      それは名古屋の人にとっては当たり前であり、地域に根付いたおもてなしの文化なのだといえます。コンパルでももちろん、朝から当たり前のようにボリューム満点のサンドイッチを提供しています。

      さっくりと揚げたエビフライやみそカツに千切りキャベツを乗せ豪快に2枚のパンで挟む。

      若田さんは、26歳の時にコンパルに入社し、代を継いだのは50歳のとき。1955年頃から「エッグサラダサンドイッチ」をいち早く出したという自負もあり、魅力的な喫茶店が次々と建つ中、自社の強みはサンドイッチだと明確に打ち出し、厨房も拡大。新たに名古屋名物の「エビフライサンド」を考案しました。

      当初はまったく売れなかったそうですが、次第に広報に力を入れ、さまざな場所で催事を積極的に行い、徐々に認知が広まったのだといいます。

      コンパルで人気の「エビフライサンド」。

      「エビフライサンド」をはじめ、「コーチン玉子サンド」や「みそカツサンド」などの名古屋の味を約30種類、営業時間中全て楽しむことができます。しっかりと太いエビフライには、タルタルとしんなりとしたキャベツがよく合います。一つでお腹がいっぱいで、一日中元気に動けそう。ものづくりの街の活力は、こうした文化で出来上がってきたのかもしれません。

      時を経ても価値が残る素材と空間の魅力

      昭和の喫茶店らしさが今も残るコンパル。

      創業から一度しか改装しておらず、床やタイルは創業当時のものを残して再び張り替えたのだそう。今では手に入らない質やデザイン、昭和のままの姿がそのまま残っています。

      1982年に大須本店を改装した際の写真。

      年季の入ったタイルが美しい。

      「今の時代では考えられないほど、質がよく重厚感がある。他では代わりが効かないんですよ。」

      時がたつほど味わい深く、価値を増す美しさがあります。時がたっても価値が失われない点も、コンパルの特徴。そして、昭和を知らない若者の目には新鮮に映ります。

      「続けること」で生まれるおもてなし

      「喫茶店はいつ行ってもやっているのが大事。だから、元日しか休みません。これからはセルフサービスの店も増えてくると思うけど、私たちが大事にしているのは人との触れ合いなんです。」

      コンパルは効率より、人を迎え入れることを優先します。現在名古屋市内に7店舗展開しており、いつでも開いているこのお店で、いつでも人をもてなし続けていくといいます。「特別なことは何もしていませんよ」と笑う若田さん。ただ、その特別ではない“当たり前”を守り続けることが、コンパルの魅力といえます。

      手間を惜しまず、守り続ける。名古屋の喫茶文化を支える精神

      名古屋の喫茶文化には、目立つ特徴以上に、手間や工程を積み重ねる姿勢があります。変わらない味や空間は、偶然ではなく、日々の選択の結果。効率や変化が求められる時代の中で、あえて手間をかけ続ける。その姿勢こそが、この街の喫茶店を支えているのです。

      コンパル 大須本店

      公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)
      https://www.konparu.co.jp/index.html