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“変わらぬ味わい”を人から人へ。ゆしま花月がつなぐ湯島という街の記憶

“変わらぬ味わい”を人から人へ。ゆしま花月がつなぐ湯島という街の記憶

東京都文京区

    2026.10.01 (Thu)

    目次

      上野や御徒町にもほど近い東京・湯島。湯島天満宮をはじめ歴史あるランドマークが点在するこの街の一角で、料亭が軒を連ねた時代から80年近く商いを続けているのが、ゆしま花月です。街の景色や人々の暮らしは大きく変わりましたが、古くから手土産として親しまれてきた琥珀色のかりんとうは、今もほとんど変わらない製法で作られているそう。変わりゆく湯島の街で育まれた、変わらぬ味わい。3代目店主の溝口智広さんに、この街と過ごした時間が育てた、ゆしま花月の価値について聞きました。

      始まりは小さな駄菓子屋

      人が一人立てばいっぱいになる、こじんまりとした店頭。

      ゆしま花月の創業は1947(昭和22)年のこと。夫に先立たれ、女手ひとつで子どもを育てるために、現在の店主である溝口智広さんの祖母が始めた子ども相手の駄菓子店が、その原点です。

      「当時、親戚が住んでいた湯島に、たまたま居抜きの駄菓子店が空いていたんだそうです。つまり、祖母は明確な意図があってこの場所を選んだのではなく、家族を養うため生業に選んだのが駄菓子店だったということなのでしょう。」

      ゆしま花月の3代目店主である溝口智広さん。

      溝口さんの祖母が、一所懸命の思いで始めた小さな駄菓子店。その運命を変えたのは、ゆしま花月の名物となっている、艶やかな琥珀色のかりんとうでした。同商品が生まれたきっかけは、うっかり砂糖を煮詰め過ぎてしまった、いわば失敗作が、美しくツヤツヤしていたこと。それから試行錯誤を重ね、安定して製造できるようになり、店頭に並べたところ、子どもたちはもちろん大人の間でも評判に。そして、いつしか湯島の料亭でも重宝される、地元の方々愛用の土産品になったのだそうです。

      ゆしま花月の周辺は、料亭でにぎわっていた時代の面影が残る。突き当たりには上野公園・不忍池の弁天堂が見える。

      「当時は、お客様から『花月さんのかりんとうを知らないなんて』と言われて、慌てて買いに来てくださった料亭もあったと聞いています。まさに人から人へと、口コミで広まっていったのでしょうね。今でも『ゆしま花月の味が、うちの会社の味だ』と言ってくださるお得意様がいて、お仕事で行く先々へ持っていってくださるそうです。手ぶらで先方に行くと『今日はかりんとう、ないの?』って言われちゃう……というお話も伺いました。」

      “変わらぬ味”の中にある積み重ね

      人と人との交わりにより世間に知られる存在となり、現在では湯島の街に深く根づいている、ゆしま花月のかりんとう。しかし溝口さんいわく、若い世代の中には、かりんとうというお菓子があることすら知らない人もいるのだとか。そんな、かりんとうを初めて口にした若い人から、意外な言葉を聞くことがよくあるといいます。

      「若いお客様の中に、かりんとうを食べた感想を『懐かしい』と表現する方がいるんです。『かりんとうと言えば、おばあちゃん家で食べていたもの』と記憶している、僕らのような世代の人間がそう言うのであればわかりますが、かりんとうの存在すら知らないような方すら、なぜかその味に“懐かしさ”を感じてしまう。それもまた素朴な味わいをもつ、かりんとうの魅力のひとつなのでしょう。」

      そもそもかりんとうは、小麦粉を練りあげたものを油で揚げ、煮詰めた砂糖を絡めただけの、シンプルなお菓子。「形や名前こそ違っても似たようなお菓子は海外にもあり、幅広い世代や国を超えて人々に受け入れられやすいのでは。」と溝口さんは言いますが、それだけに、ゆしま花月ならではの味を出すためには、長年にわたり磨き抜かれた“技”と“こだわり”が欠かせません。

      艶やかな飴のコーティングが美しい、ゆしま花月のかりんとう。

      「当店のかりんとうは、温度の異なる三つの釜を使い、厳選された米油で生地を揚げる『三度揚げ』が特徴。生地も時期によって配合や発酵時間を変えていますし、かりんとうにまぶす飴(砂糖を煮詰めたもの)の製法にもこだわっています。いずれの工程も、本当に少しの違いで味が変わってしまいます。だからこそ、すべての工程を丁寧に行う。そこから、ゆしま花月だけの味が生まれるのです。」

       

      日によって条件が異なる素材や環境に寄り添いながら、創業以来変わらぬ“いつもの味”を作り続けていく。その積み重ねが、ゆしま花月ならではの価値を生み出しているのです。

      包みに残す湯島の風景

      創業以来約80年にわたり湯島の街で暮らす人々に愛され、地元が誇る手土産品となった、ゆしま花月のかりんとう。しかし溝口さんによれば、時代の移り変わりに応じた“進化”も、この店には必要だといいます。

      「僕が店を継いだころからお中元やお歳暮など、形式ばった贈答品としての需要は減り続けています。とはいえ親しい人へのプレゼントや、あいさつ代わりに自分が好きなものを渡す“贈り物”の文化が失われたわけではありません。むしろ日常生活の中で、ちょっとした感謝やお礼として気軽に手土産を渡す習慣は増えていると感じています。」

      そうした手土産にまつわる時代の変化に応じるため、溝口さんが注目したのが商品パッケージでした。実は、美術大学でアートやデザインを学んでいたという溝口さん。お店を継ぐまでの期間にデザイン制作会社に勤務していた経験があり、ゆしま花月の商品パッケージは、溝口さんが自らデザインを手がけているそうです。

      たとえば人気商品の「単衣(ひとえ)」は、着物を思わせる華やかなパッケージ。そのモチーフとなったのは、かつて湯島を行き交った芸妓さんたちとのこと。

      「かつて、ゆしま花月が店舗を構える界隈には、美しい着物姿の芸妓さんたちがたくさん行き来していました。『単衣』のパッケージは、その華やかさをイメージしてデザインしたものです。ちなみに店の前の路地は、かつて『お化け横丁』と呼ばれていたと聞いています。界隈で暮らす素顔の芸妓さんたちが、料亭に向かう際にはまるで“化けた”ように美しくなることから、そんな俗称が生まれたのだそうです。」

      創業以来守り続けてきた“変わらぬ味”を、あらたな装いで時代にマッチする手土産へと進化させる。そのヒントにも、この店が記憶する湯島の風景がありました。

      湯島の記憶を抱きながら、100周年を目指す

      溝口さんがお店を継いでから約17年。その間にも、湯島の街は脈々と変化を続けています。

      「上野や御徒町と合同でイベントを開催するなど、近隣の街と協力しながらエリアの魅力を発信する取り組みが増えたことは、特に大きな変化といえるでしょう。現在、僕も商店会の役員として湯島の活性化に関わっていますが、そのような役割を任されるようになったのは、つい最近のこと。家業を継いで十数年といえば長く感じるかもしれませんが、僕がこの街やエリアの一員として認められるようになるまでには、相応の時間が必要だったともいえます。まさにゆしま花月が、時間をかけて湯島という街の風景に溶け込んでいったように。」

      小さな駄菓子店から始まった、ゆしま花月。湯島の街とともに歩みを続け、2027年には創業80周年を迎えます。

      店舗の奥側でスタッフが包装や発送準備をしているのが見える。距離の近さも面白い。

      「『100年続いて初めて老舗』とも言われますから、ゆしま花月はまだまだ老舗とは呼べないと思っています。僕が現役の間に100周年を迎えることが、まずは目標ですね。」

      という溝口さん。100周年に向け湯島という街との関わりについて、さらに深く考えるようになったといいます。

      「店舗販売にこだわらず、オンラインショップや他所でのイベント出店などを通じ、より多くのお客様に、ゆしま花月のかりんとうを知っていただきたい思いはあります。とはいえ、やはり歴史のある湯島という街に店舗を構えていることは、この店の大きな強み。そもそも、ゆしま花月をここまで育ててくださったのは湯島で暮らす方々なのですから、その恩に報いるためにも、ゆしま花月のかりんとうを世に広めながら、この街で少しでも長く商いを続けていければと考えています。」

      現在、小学生の2人のお子さんがいるという溝口さん。かつて自分が家業を継いだように、子どもたちにこの店を守ってほしいという思いはあるのでしょうか。

      「もちろん、子どもが継いでくれればうれしいです。そのためには、まず『ゆしま花月を継ぎたい』と思ってくれるような店であり続けることが大切ですよね。今後、この街はさらに変化を続けていくでしょう。その流れに寄り添いながら、かつての湯島の記憶を持つゆしま花月が、この街で店舗を守りながら“変わらぬ価値”を提供していく。創業以来、実直に続けてきたことを日々積み重ねていけば、ゆしま花月を次の世代、次の湯島につないでいけると信じています。」

      湯島の風景に溶け込むまでの時間。そして、これからも湯島とともに歩み続ける時間。80周年という節目の年もまた、ゆしま花月にとって、この街と過ごす“日常”となることでしょう。

      ゆしま花月

      公式ウェブサイト(外部サイトに遷移します)https://www.karintou-kagetsu.com/