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変わりながら、街に残る。現代企業社が高知につくった居場所

変わりながら、街に残る。現代企業社が高知につくった居場所

高知県高知市

    2026.10.08 (Thu)

    目次

      高知市を中心に、高知県内で喫茶店やレストランを13店舗運営している現代企業社。店名も、外観も、メニューも、一軒ごとに違う。それでも高知で現代企業社の店に入ると、どこか共通する空気を感じる人がいます。現代企業社が守ってきたのは、店の形ではなく、人が集まり、ゆっくり過ごせる場所であることなのかもしれません。街中の喫茶店から郊外のレストランへ。人の流れや暮らしに合わせて姿を変えながら、高知に店を残してきた現代企業社の歩みをたどります。

      一軒ごとに違う、少し不思議な店

      異国の街角にあるカフェのような「FAUST」。屋根の上にガチョウが乗り、絵本の世界に迷い込んだような「手作りケーキの店 屋根の上のガチョウ」。ヨーロッパの農村のような雰囲気がある「農園レストラン トリトン」。現代企業社の店を訪れると、それぞれに独自の世界が広がっています。一方で、店内に足を踏み入れると、どこかに共通する空気も感じられます。

      • 手作りケーキの店 屋根の上のガチョウ

      • 手作りケーキの店 屋根の上のガチョウ

      • 農園レストラン トリトン

      • 農園レストラン トリトン

      • メフィストフェレス

      • メフィストフェレス

      現代企業社が運営するお店には、モーニングやランチ、デザートなど幅広いメニューがあり、お年寄りから子どもまで老若男女が訪れます。地元の常連客はもちろん、最近は県外からのお客さまや観光客も増えているそうです。

      「昔から続いている喫茶店って全国的に少ないですよね。珍しがって県外から来てくださる方も多いです。これだけお店をやっていますが、実は内装もメニューも、一つとして同じお店はないんですよ。」と、現代企業社の大西みちる副社長は話します。

      それでも店に一歩足を踏み入れると、「あ、ここは現代企業社の店っぽいな」と感じる人は多いそうです。店名も、外観も、内装も、メニューも違うのに、なぜ同じ空気を感じるのでしょう。その理由をたどると、現代企業社が店の見た目以上に大切にしてきたものが見えてきます。

      原点は、人が集い、語り合う場所

      高知の街には、昭和初期から喫茶店がたくさん立ち並んでいたといいます。昭和中期になると、喫茶ブームが広がり、次々と店が増えていきました。食事を楽しんだり、誰かとお喋りをしたり、喫茶店が身近な場所として高知の人々に親しまれていました。

      「創業当時、この商店街周辺には喫茶店や映画館がたくさんあり、高知の文化人がたくさん訪れる場所でした。詩人や画家が喫茶店に集まり、映画の感想や芸術に関する哲学について語り合う姿がありました。」

      高知の喫茶文化について、みちるさんはこう語ります。

      「高知には、みんなで集まってお喋りを楽しむ人が多いです。こうした県民性から、喫茶店が交流の場になっていたのだと思います。うちの喫茶店でも文化人が集まって語り合い、サロンのようでした。」

      創業者であるみちるさんの祖父・清澄さんも、店に立ってお客さんと対話を重ねる中で、芸術家として活動を始めました。コーヒーや食事を提供するだけでなく、人が集い、言葉を交わし、互いの感性を刺激し合う場所であること。そこに、現代企業社の店づくりの原点がありました。

      名前を変えながら、同じ場所で

      高知県内の中でも人通りが多い繁華街にある喫茶店・FAUST。現代企業社の歴史は、1959年にこの場所から始まりました。当時の店名は「ショパン」だったのだそう。

      「祖父はもともと小説家を目指していた人で、喫茶店の仕事は未経験。そんな中、祖母と二人三脚で始めました。店内ではクラシック音楽が流れ、コーヒーを提供するお店でしたね。」

      店名の由来は、清澄さんがクラシック好きだったこと。その後、「ショパン」から「㐧一(だいいち)」になり、現在の「FAUST」へと名前が変わっていきました。

      「『㐧一』は交響曲をイメージして名付けられました。父が後を継いでリニューアルするとき、『㐧一』から『FAUST(ファウスト=ファースト)』になったのは、ダジャレですね。」

      名前も佇まいも変わりましたが、人々を迎える場所であることは変わりません。現代企業社は、店の姿をそのまま保存するのではなく、時代に合わせて変えることで、“人が集う場所”を残してきたのです。

      人のいる場所へ、街中から郊外へ

      レストラン高知の外観。

      レストラン高知の内装。

      1970年代に入ると、大型商業施設の登場やマイカーブームの影響で、街中にたくさんあった喫茶店は減少し、商店街の人通りが少なくなりました。休日には多くの人が遠出をするようになったのです。

      現代企業社はそうした時代の流れをキャッチし、街中で喫茶店を続けながら、郊外にレストランを展開するようになります。高知市から車で30分ほどの場所に新店舗・レストラン高知をオープンしたことを皮切りに、郊外への出店を進めていきました。

      街中の喫茶店から、家族連れや遠方からの人も訪れる郊外のレストランへ。人の流れが変われば、店のある場所も、その役割も変えていく。郊外への展開もまた、人々の暮らしのそばに店を残すための変化でした。

      土地に合わせ、一軒ずつつくる

      現代企業社が手がける店には、それぞれに異なる世界が広がっています。棚に置いてあるオブジェや食器、スタッフの制服まで一つひとつにこだわり、独自の空間を作り上げています。

      「店づくりをする上で、お客さんが食事をするときの居心地のよさにこだわっています。普通なら客席を増やし、オペレーションがしやすい導線を意識して店づくりをすると思いますが、現代企業社は座席の配置をはじめ、照明や食器といった空間を作るもの一つひとつを大切にしています。店の雰囲気を統一したほうがよいのではとよく言われますが、同じような店を作ってもおもしろくありません。お客さんにゆっくり過ごしてもらうために、譲れない部分ですね。」

      店ごとに外観やインテリアが異なるのは、統一できなかったからではありません。同じ見た目に揃えるより、その場所でお客さんがゆっくり過ごせることを優先してきたからです。座席の配置から照明、食器まで、一軒ごとに考える。その姿勢が、異なる店に共通する現代企業社らしさをつくっています。

      FAUSTの内装。

      トリトンの「手づくりハンバーグ」。土佐あかうしと四万十ポークが使用されている。

      屋根の上のガチョウの「霧山和紅茶のサンマルク」。日高村霧山茶園の和紅茶が使用されている。

      現代企業社らしい雰囲気を生み出しているのはインテリアだけではありません。地元の食材を使った料理も個性の一つだといいます。

      「県内各地に店があるので、それぞれの地域の八百屋や肉屋、米屋とつながりがあります。会社としてまとめて仕入れるのではなく、店舗ごとにその地域にあるお店から食材を仕入れるようにしています。地域のものを取り入れたメニューにすることが、店の個性につながっています。」

      全店舗分をまとめて仕入れるほうが、効率もよく、コストも抑えられます。それでも現代企業社は、店舗ごとに、その地域の青果店や精肉店、米店などとの付き合いを続けてきました。一軒ずつ違う店をつくるとは、内装を変えることだけではありません。その土地の人と関係を結び、その場所に合った店になっていくことでもあるのです。

      受け継ぐのは、店の姿ではなく役割

      現代企業社の大西みちる副社長。

      みちるさんは大学進学を機に高知を離れ、東京でテレビ番組を作るディレクターとして働いていました。お父さんが体調を崩したことをきっかけに高知と東京を往復する機会が増え、次第に帰郷を考えるようになったのだといいます。

      「当時、既に兄も姉も現代企業社に入社していたので、僕は好きなように東京で働いていました。それが、今まで何も言わなかった父が『そろそろ戻ってこんか?』と言った時があって。その言葉を聞いたときに初めて、帰郷を考えましたね。高知の街から店がなくなっていく様子を見ていたので、なんとかしたいという思いもありました。やっぱり、生まれ育った場所ですからね。県外に出てから改めて、自分は高知が好きなんだと気づきました。」

      創業時から喫茶店の場所は変わっていません。

      こうしてみちるさんは28歳の時に高知に戻り、現代企業社に入社。現在はみちるさんの兄・光輝さんが、現代企業社の三代目社長として後を継いでいます。

      「兄は現場が好きで、毎日、店に行ってお客さんやスタッフとのやりとりを大切にしています。僕は数字のほうが得意なので、経理や店舗全体の構成を考える担当です。」

      兄弟はそれぞれの得意分野を活かしながら、長く地域で親しまれてきた店をつないでいます。受け継ぐのは、過去の店をそのまま保存することではなく、時代が変わっても街に必要とされる場所であり続けることです。

      「先代が大切にしてきた店を、僕たちは守っていく側です。なくしてはいけないし、続けていかなければという思いで日々取り組んでいます。」

      兄弟が受け継ごうとしているのは、かつての店名や姿をそのまま残すことではありません。人が集う場所を、次の時代にも続けていくことです。

      変わりながら、街に残る

      みちるさんが子どもの頃と比べて、高知の街の風景は変化しているといいます。

      「高知は人口も少なく、実際に来店されるお客さまの数もダウンしている感覚があります。特にここ数年は、新型コロナウイルスの蔓延や物価高の影響で、商店街にある店も目に見える形で減りました。」

      街の景色も、人の数も、店を取り巻く環境も変わっていきます。だからこそ、昔と同じ姿を守るだけでは、店を残すことはできません。それでも、人が集まり、思い思いの時間を過ごせる場所としての役割は残していきたいと、みちるさんは語ります。

      「高知の人にとって現代企業社の店は、昔から当たり前にあるものです。地元の人に誇りに思ってもらえる喫茶店でありたいし、これからも地域になくてはならない存在でありたいです。」

      現代企業社は、同じ姿を守ることで店を残してきたわけではありません。名前を変え、街中から郊外へと場所を広げ、土地ごとに違う店をつくる。その変化の中で、人が集い、ゆっくり過ごせる場所であることを守ってきました。街中にも郊外にも、姿の異なる現代企業社の店があり、それぞれの場所で高知の人々の日常を受け止めている。その風景はすでに、この土地の一部になっています。

      現代企業社

      公式ウェブサイト(外部サイトに遷移します)https://gendaikigyosha.co.jp