愛知県一宮市
2026.11.05 (Thu)
目次
愛知県一宮市を中心に、愛知県西部から岐阜県南西部にかけて広がる尾州(びしゅう)。同地域の歴史は古く、奈良時代には麻と絹、江戸時代には綿織物、明治以降は毛織物の産地として発展してきました。そんな長い歴史を持つ尾州で、老舗繊維会社のニット部門から独立し、ものづくりを続けてきたのが株式会社キタマニットです。同社の代表取締役社長・田川良宏さんに、変わりゆく産地の姿と、ものづくりへの思いをうかがいました。

尾州は日本最大の毛織物(ウール)産地として知られており、その規模は国内の毛織物生産量の約6割を占めるとされています。尾州は毛織物の産地として世界的にも有名で、イギリスのハダースフィールド、イタリアのビエラと並び、世界の三大毛織物産地の一つに数えられています。
産地として栄えた理由の一つは、良質な水にあります。この地を流れる木曽川はミネラル分の少ない軟水で、ウールを洗うとしなやかに仕上がるのです。
もう一つの理由が分業制です。紡績や撚糸(ねんし)、製織(せいしょく)、編み立て、整理加工など、糸が生地になるまでの工程を専門の会社がそれぞれ担い、産地で完結させています。各工程で磨かれた技術が、尾州の高品質なものづくりを支えてきました。

内側から見たのこぎり屋根。
そんな尾州を歩いていると、ギザギザの形をしたのこぎり屋根の工場が点在していることに気づきます。糸や生地の色、柄などを確かめやすいよう、北向きの窓から安定した光を取り入れられる形状で産業革命期に普及したものなのだとか。のこぎり屋根は、尾州の織物づくりの歴史を今に伝える風景でもあります。

一宮市にあるのこぎり屋根工場の一角に拠点を構えるのが、ニット生地製造会社・キタマニットです。1895年創業の繊維会社・木玉毛織株式会社の敷地に間借りする形で事業を営んでいます。
取材当日、出迎えてくれたのは代表取締役社長の田川良宏さんです。田川さんは当初、木玉毛織のニット部に所属し、製造や生産管理、営業などを経験しました。
「兄が先に木玉毛織に就職していて、私も兄を追って入社しました。ニット部にいた頃は製造から営業まで全部やっていたかな。」

キタマニットの代表取締役社長を務める田川良宏さん。
当時のニット部は、大手アパレル企業の服地を編む、いわばOEM生産が中心でした。しかし1990年代、バブル崩壊とDCブランドブームの終焉、そして海外の安い製品の流入が重なり、国内のアパレル産業は縮小の一途をたどります。木玉毛織でも事業の継続が難しくなり、廃業を検討する状況に追い込まれました。
「看板を下ろそうかという話になったんですが、僕らニット部には顧客がついていたし、規模を縮小しても続けていけるのではないかと。そこで2008年に木玉毛織からニット部が独立する形で、現在のキタマニットが生まれたのです。」

キタマニット設立から間もなく、仕事の中身は少しずつ変わっていきました。木玉毛織時代はニット生地を編んでいましたが、現在は服地を編むことはほとんどありません。キタマニットがメインで手がけているのは自動車のシートや壁、天井に使用される内装材です。
取引先である自動車メーカーから見本生地と材料のポリエステル糸を預かり、糸を編んで生地に仕立て、各メーカーに納品しています。
「扱う素材はウールからポリエステルに変わったけれど、機械の扱い方や編み方は昔のまま。仕事のやり方はまったく変わっていません。」

軽自動車の内装に使われる編み生地のサンプル。
自動車の内装材は、求められる安全性や耐久性の基準が厳しく、生地の段階で物性試験があります。基準に合格するまで何度も試験を繰り返すのだとか。実際に車を組み上げてからは衝突試験などもあるため、開発から販売までは2〜4年ほどかかります。
キタマニットの生地が使われるのは、主に軽自動車。生地が採用された自動車が発売されると、田川さんは必ず販売会社に足を運びます。「あの生地はこんなふうに使われているんだ」と、数年がかりの仕事を自分の目で確かめることが、田川さんにとって何よりの喜びです。

キタマニットの工場に並んでいるのは、26台の丸編機(まるあみき)。らせん状のループを重ねて円筒形の布地を編み上げる機械で、伸縮性やドレープ性に富んだ、ソフトな風合いの生地が出来上がります。
「今使っている丸編機はすべて、木玉毛織時代から稼働している50年選手。今でも元気に動いています」と機械に視線をやる田川さん。

取材当日、工場で動いていたのは10台ほど。残りの16台は、仕事がないから止まっているわけではありません。
キタマニットでは、ゲージ(1インチの間にある針の本数)ごとに異なる丸編機を使用しています。10ゲージの依頼があれば10ゲージ用の機械、15ゲージなら15ゲージ用の機械が稼働するのです。
「うちでは求められるゲージ数に応じられるように種類をたくさん待機させています」と田川さん。この日、動いていなかった16台も含めた全26台が、キタマニットとしてメーカーの要望に応えられる幅そのものなのです。
だからこそキタマニットは、丸編機を使い続けるために手入れを欠かしません。機械の修理を担う機料店に定期的に点検してもらうほか、田川さん自身も日々、機械の様子に目を配っています。

工場内を歩きながら、丸編機の調子を確かめていく田川さん。上下左右から糸の張り具合を確認したり、油を差したり、糸をすくう針の調子を整えたり。その様子は、まるで我が子を世話する親のようです。
「キタマニットの丸編機はゆっくり回転しながら生地を編んでいくので、1台が1日に編める生地はたったの80メートルほど。もともと速く回せるものではないんです。でも、かわいがっています。」

キタマニットが昔ながらの技術を守り続ける一方で、尾州の風景は大きく変わりつつあります。糸を生地に仕上げるまでの各工程で廃業が相次いでいるのです。
「整理加工場の廃業が続いています。最近もまた2軒なくなりました。会社を構えていても、仕事が入ってこなければ続けることはできない。アパレル業界でも、産業資材業界でも、値段の安い海外製品に、仕事がどんどん流れてしまっています。」
分業制で成り立つ尾州では、どこか一つの工程が欠ければ、その影響は前後の工程にも及びます。生地の仕上げを担う整理加工場の減少は、尾州全体の仕事や、それを支える工場が少しずつ減っている現状を映しているのです。

しかし近年は、木玉毛織が実施する工場見学ツアーや、敷地内で開催される音楽イベントなどを目的として、尾州の外から足を運ぶ若者も増えてきました。
さらに木玉毛織の敷地内には、若者が中心となって尾州の洋服を直接販売する新見本工場があります。田川さんも「生地やシルエットが本当に美しい」と絶賛しており、自身でもアイテムを愛用しているほか、娘婿にもプレゼントしたそうです。

木玉毛織の敷地内にある新見本工場。
「私が協力できることはそう多くないかもしれない。でも、できるだけ手助けはしたい。若い人たちには頑張ってほしいからね。」
そう話す田川さんの言葉には、厳しい環境の中で変わらぬ技術を守り続けてきたからこその、素直な気持ちが滲んでいました。
木玉毛織株式会社
公式ウェブサイト(外部サイトに移動します)https://kitamakeori.co.jp/