山口県下関市
2026.07.10 (Fri)
目次
本州の最西端に位置する山口県・下関市。関門海峡を挟んで九州と向かい合うこの街は、古くから交通と物流の要衝として発展してきました。1185年の壇ノ浦の戦いをはじめ、日本の歴史における転換点の舞台となった土地でもあります。
一方で近年は、人口減少や産業構造の変化によって、市街地の空洞化や地域産業の縮小といった課題も抱えてきました。しかし現在、この街では歴史や海洋文化を受け継ぎながら、新たな拠点づくりや地域資源を生かした取り組みが各所で生まれています。
本特集では、赤間神宮、海響館、松琴堂、ねをはす、リゾナーレ下関への取材を通して、下関という土地がどのように過去を受け継ぎ、次の世代へつながろうとしているのかを見つめます。
本州の最西端に位置する山口県下関市。九州との間には関門海峡が横たわり、現在も国内外の船舶が行き交う日本有数の海上交通の要衝として知られています。海峡は全長約11km、最も狭い場所では約650m。複雑なS字を描く地形と速い潮流によって、古くから海上交通の難所であると同時に、人や物が集中する重要な場所でもありました。そして、この海峡は日本の歴史を大きく動かす舞台にもなります。1185年に起きた壇ノ浦の戦いです。なぜ日本史を変える決戦は、この場所で起きたのでしょうか。そして、その歴史はなぜ800年以上経った今も語り継がれているのでしょうか。下関の歴史を見つめるため、安徳天皇を祀る赤間神宮を訪ねました。

関門海峡、響灘、周防灘と周囲を3つの海に囲まれた下関は、海とともに発展してきた港町で、古くから漁業や捕鯨業、水産加工業が興り、地域の文化を形成してきました。昔からフグ食に親しんできた土地でもあり、伊藤博文がそのおいしさにフグ食を解禁したという話も有名です。唐戸市場に近い下関市立しものせき水族館「海響館」はフグや関門海峡をはじめとした下関ならではのコンテンツはもちろんのこと、日本で唯一シロナガスクジラの全身骨格標本(本物)を展示しているなど、見応えのあるスケールの施設。本記事ではその魅力に迫ります。

1866年創業。幕末の動乱期にのれんを掲げた松琴堂は、160年近くにわたり下関の人々に愛され続けてきました。祝い事や季節の贈り物、大切な人への手土産。松琴堂の和菓子は、地域の日常の節目に寄り添いながら受け継がれています。そして今、その歴史は大きな節目を迎えています。七代目から八代目へ。長い歴史を持つ老舗にとって、事業承継は単なる世代交代ではありません。技術や味だけでなく、人とのつながりや地域との関係性まで受け継いでいく営みです。今回話を伺ったのは、七代目店主の西原由実さんと、八代目としてのれんを受け継ぐ娘の佳那さん。親子の言葉から見えてきたのは、「店を継ぐ」というよりも、「地域文化を残す」という覚悟でした。

地方のまちづくりというと、新しい施設や大型イベントを思い浮かべる人も多いかもしれません。しかし、本当に地域に必要なものはなんでしょうか。歴史を学べる場所。文化に触れられる場所。自分の世界を少し広げてくれる場所。そうした“文化的な体験”が身近にあることもまた、豊かな地域には欠かせない要素です。下関の住宅街に生まれた施設・ねをはす HOTEL BOOK & CAFEは、本屋と宿泊機能を併せ持つ少し不思議な場所。本を選び、泊まり、考える。一見するとユニークな複合施設ですが、その根底にあるのは「地域に文化の土壌をつくりたい」という強い思いです。本記事では、ねをはす HOTEL BOOK & CAFEの代表を務める林成吉さんに話を聞きました。

本州の最先端・山口県下関市と福岡県北九州市を隔てる、関門海峡。対岸に見える門司港、海峡をつなぐ関門橋など、ダイナミックな風景が広がるこの場所に、2025年12月、全客室オーシャンビューの海峡のデザイナーズホテル・リゾナーレ下関がオープンします。ウォーターフロントシティとして屈指のポテンシャルを誇る下関において、どのような未来が描かれていくのか。同館の支配人、下関市役所、下関市港湾局の職員の方との座談会の様子も交えリポートします。
